自分の認め方と自分を認めることの重要性

こんにちは、みのりんです。

「よし、自愛をやってみよう!」と思った方はこの記事を読んでください。

そしてすでに自愛をやっている方もこの記事を読んでください。

アクセス数がアップすると私が喜びますし、もしかしたら初心に戻れてなにか気付きがあるかもしれません笑

ひたすら「認める」

自愛をやり方を一言で説明するなら、「自分の感情や思考をひたすら認めましょう」ということになります。

ここが最初にして最大の難関です。

抑圧された環境で育ってきた人、他人の顔色を伺うのが得意な人、潜在意識や引き寄せの法則にハマってしまった人などは、「ただ認める」ということがなかなかできないからです。

 

私は「認める」という表現を好んで使っていますが、要するに否定もコントロールもしなければよいのです。

楽しいなら楽しい。

うれしいならうれしい。

悲しいなら悲しい。

嫌いなら嫌い。

そうやって、感じたことや考えたことをただ垂れ流していくだけです。

 

こうして文章にするととても簡単に見えますが、これが恐ろしいほど難しいんですよね。

私もいまだにできないときがたくさんあります。

認めることってこんなに難しい

わかりやすい例を挙げてみましょう。

「いつも遅刻してくるAちゃんのことが嫌い」

とします。

感情を認めるということは、「Aちゃんが嫌いだ」とただ認めるということですね。

簡単でしょう?笑

でも、現実はそんなに単純ではありません。

 

もし、Aちゃんがみんなの人気者だったら?

遅刻癖以外はとても優しくていい子だったら?

あなたも一度遅刻したことがあったとしたら?

Aちゃんがモデル並みの美人だとしたら?

きっと、「嫌い」と言い捨ててしまうことは難しくなるはずです。

 

「Aちゃんのことを好きになれない私がおかしいのかな?」

「確かに遅刻はするけど、他はすごくいい子だし気が合うし」

「私も遅刻したことあるのに心狭いよね」

「Aちゃんが美人だから私は妬んでるだけなのかな……」

なんて、最初に感じた「嫌い」という感情以外のさまざまな声が噴出してくるんですね。

ここできちんと認められるかねじ伏せてしまうかが自愛ができるかできないかの分かれ道です。

 

私たちはついうっかり醜い感情に蓋をしてしまう生き物です。

「こんなことを考えちゃいけない」

「嫌いだなんて思っちゃいけない」

そうやって自分の本心をなかったことにしてしまうんですね。

そうやって見て見ぬふりをしているほうが、自分のことを清らかな人間だと信じていられるので楽なんですよね。

 

でも、そんなことを繰り返しているとどんどん心が苦しくなっていきます。

そのメカニズムはとても単純なことです。

自分のことを否定する人のことは誰だって好きになれないですよね。

ですから、私の感情を否定する「私」のことを好きになれないのは当たり前なのです。

一生一緒に生きていかなければならない「私」のことが好きになれないなんて、苦しくて当たり前です。

 

だから自愛をするんですね。

「あなたはこう思ったんだね」

「そっかそっか」

と優しく認めてくれる親友のように、自分の感情を自分で認めてあげることでだんだん心が楽になってきます。

心が楽になるということは、すなわち幸せになるということです。

私が自愛をすすめる理由は、願いが叶うからでも人生が思い通りになるからでもありません。

たとえ願いが叶わなかったとしても、願いが叶わないことへの怒りや悔しさを一緒になって感じてあげられる自分を育てるほうがずっと幸せだと思うからです。

 

 

 

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