「自愛」と「自分いじめ」は似ているようで全然違う!

こんにちは、みのりんです。

それは自愛じゃない!

「自分のことが許せません」

「怒りがおさまりません」

「憎しみが消えません」

私は自愛ができていないのでしょうか?

と聞かれることがあるのですが……

はい、残念ながら自愛ができていません。

よく勘違いされるのですが、自愛は自分を許す方法ではないし、怒りを鎮める方法ではないし、憎しみを消す方法でもありません。

むしろその逆で、そんな感情を存分に感じて味わってあげるのが自愛なのです。

それは自分いじめ

自分が感じていることをねじ曲げたりコントロールしようとしたりするのは自愛ではありません。

もっとひどい言い方をすると自分いじめです。

 

ここでちょっと私の昔話をします。

私は昔からずっと、母に泣くことを禁止されてきたんですね。

泣こうとして泣いたわけではなくても、ポロっと涙がこぼれることってあるじゃないですか?

そんなとき、母はすかさず「泣かないの!!!」とすごい剣幕で怒鳴っていました。

私はそれが怖くて怖くて、でも涙は全然引っ込まなくて、とても悲しかったのを覚えています。

私がそのとき母に言ってほしかったのは、「泣いてもいいよ」だったんですよね。

いえ、別にその言葉すらなくてもよかったのです。

泣いている私を否定しないでほしかった。

もっと贅沢を望めるなら、泣いた原因を聞いてほしかった。

たったそれだけのことだったのです。

 

このように、私たちは自分の感じていることや考えていることを否定したりコントロールしたりされることでひどく傷ついてしまいます。

他人から傷つけられることを完璧に防ぐことはできないので、せめて自分だけは自分を傷つけないようにしてあげたいですよね。

そもそも、どうしてコントロールしたくなるのか?

「イライラを鎮める方法」などを考えたくなるなら、もっと他に考えてほしいことがあります。

それは、「そもそもどうして感情をコントロールしたくなるのか?」ということです。

 

どうして自分を許したいのでしょう?

どうして怒りを鎮めたいのでしょう?

どうして憎しみを消したいのでしょう?

 

そこをもっと見つめてあげてほしいんですよね♡

その先の答えは人それぞれだと思いますが、昔の私はこんなことを考えていました。

 

そうすれば幸せになれる(ような気がする)。

そうすれば人に好かれる(ような気がする)。

そうすれば自分の望む未来を引き寄せられる(ような気がする)。

 

まぁ、全部気のせいなんですけどね!笑

でも、このことに気付けるとまた一つ心が楽になるはずです。

実はいちばんの近道

自愛は、遠回りのように見えて実は近道です。

「許さなきゃ」と思っていたときは許せなかったのに、「許せないんだから仕方ない!」と認めるようになったらいつのまにか気にならなくなっていた……なんてことがよくあります。

ダチョウ倶楽部みたいなものですよね。

「押すなよ?押すなよ?押すなよ?……押せよぉ!!!」

ということです(違います)。

 

人は許可されると案外執着しなくなるものなのです。

「絶対開けてはいけない」というふすまは開けたくなるのに、「どうぞ好きに見てください。どうせ鶴が機織りしてるだけですから」と言われると結構どうでもよくなるのです。(鶴の機織りはぜひ見たいですが笑)

 

ですから、自愛はある意味近道です。

もちろん「『イライラしていいよ』って言ってあげればすぐイライラが消えるんでしょ」という打算的な気持ちで取り組んでもなんの意味もありませんが、本当に好きなだけイライラさせてあげれば、そのイライラは早い段階で消えてしまうことが多いです。

自分をコントロールしたい人ほど、自愛はオススメです♡

 

 

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