「感情を認める」という意味がよくわからない人

こんにちは、みのりんです。

自愛=感情と思考を認めること

なのですが、「認める」の意味がわからない・ピンとこないという方がたまにいます。

そもそも言葉の受け取り方には2タイプある?

これは完全に私の個人的な認識なのですが、言葉の受け取り方には2つのタイプがあると思っています。

それは

浅く広く型

狭く深く型

の2タイプです。

ちなみに名前は今つけたので超ダサいです(白目)

 

「浅く広く型」は「似ている言葉はだいたい仲間。ニュアンスでわかる」というタイプです。

このタイプは相手の言葉から多くの意味を読み取ることができるという長所があるのですが、言葉を適当に使ってしまうという短所もあります。

 

「狭く深く型」は「どんな言葉もオンリーワン。ぴったり当てはまらないと納得できない」というタイプです。

このタイプは一つ一つの言葉にこだわりすぎてコミュニケーションが滞りがちなのが短所ですが、言葉をとても厳密に使うので曖昧にならずわかりやすいという長所があります。

 

ちなみに私は「浅く広く型」なのですが、自愛ブログを始めてから「狭く深く型」の存在を知ったので、できるだけわかってもらえるようにいろいろな表現を紹介するように心がけています。

「浸る」「味わう」?

「『感情に浸る』は『認める』とは違いますか?」
「『感情を味わう』は自愛にはなりませんか?」

……

答えは「ノー」です。

自愛できてますし、間違っていません。

私はそれらも全部含めて「認める」という表現を採用しています。

「狭く深く型」の方々からしたらびっくりかもしれませんね。

えっ!?全然違うでしょ!!!」なんて笑

ただし「感じ切る」は要注意

「感情を感じ切れたかどうかわかりません」
こんな質問をいただくこともありますが、これはちょっと複雑な問題です。
いろいろな表現を認めている私ですが、「感じ切る」だけはあまり使いたくないと思っています。
その理由は「感じ切る」の部分の定義が難しいからです。
「感じ切る」って一体どういう状態なのでしょう?
私にもわかりません。
「スッキリした」「落ち着いた」と思っても数時間後に同じ感情がまた出てくることもありますし、自分では感じ切ったと思っていてもモヤモヤが残る場合もあります。
「感じ切る」ことを目標にするとどこがゴールなのかわからなりますよね。
だから、私は「感じ切る」という表現をあまりオススメしません。
「感じ切れた」かどうかなんてどうでもいいと思っています。
ただ感じればいいと思うのです。
「感じ切る」ことを重視しているメソッドも数多く存在していることは理解していますが、私は「感じ切りましょう」とは一度も言ったことがないので誤解しないように注意してくださいね。

「認める」の仲間たち

最後に、私が「感情を認める」の中に含んでいる表現を一挙にご紹介しておきます。

狭く深く型の方はぜひご覧ください。

 

・味わう

・感じる

・漂う

・垂れ流す

・そのままにしておく

・否定しない

・判断(ジャッジ)しない

・コントロールしない

・じっくり見てあげる

・目を逸らさない

・ねじ伏せない

・抑圧しない

・優しく見つめる

・肯定する

 

えーっとえーっと。

他にもいっぱいあった気がするのですが、とりあえず思いつくのは以上です!

言葉には限界があるので、なんとなくニュアンスを読み取っていただければ幸いです。

 

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