執着の手放し方をいろいろ学んだ私の結論

こんにちは、みのりんです。

今日は執着のお話です。

手放さなくてもいい、けど。

「執着は手放しましょう」

とはよく聞きますよね。

どうして手放したほうがいいのかと問われると即答しかねるかもしれませんが、とりあえず思い当たるのは

1.執着していること自体がつらいから

2.執着したままだとネガティブなことを引き寄せそうだから

3.執着を手放すと願いが叶うと聞いたから

という感じでしょうか?

私は2と3は根拠がないと思っているので、気になるとしたら1ですね。

執着は持っていてもいいし無理して手放す必要はないと思いますが、本人がつらいのであれば手放す方法を考えてみてもいいかもしれません。

まぁそれくらいの認識です。

「絶対手放しなさい!」とか思ってませんよ♡

手放そうとして手放せた人、いる?

執着を手放す方法は私もかなり勉強しましたが、手放そうと努力して手放せたことは一度もありませんでした。

「超すっぱい梅干しが口の中に入っているところを想像しないでください」

みたいなことですよね。

無理!!!

他のことを考えようと意識を飛ばしたり身体を動かしたりしてみても、「うっかり考えたりしてないよね?」と考えた時点で考えています。

だから私は、そもそも「執着を手放す」こと自体が無理難題なのでは?と思い始めました。

「抱きしめる」はどう?

「そもそも手放すってどういうことだろう?」と考えていて、「握りしめたボールペンをパッと放すようなことだ」というわかったようなわからないようなたとえをよく見かけましたが、私の中で「手放す」ってなんだか抵抗があったんですよね。

もともと自分の中にあった感情を手放してしまうなんて非情な気がしたし、感情でなくてもモノでもお金でも「手放すってなんかもったいない」と思いました。

手放したら二度と戻ってこないような、まるで捨ててしまうような、そんな感覚です。

言葉の綾かもしれませんが、「執着している」という状態から抜け出したいにしてもわざわざ「手放す」必要まではないんじゃないかな?と思ったのです。

そこで辿り着いたのが「抱きしめる」です。

いつでもそこにある安心感

「抱きしめる」という感覚を言語化するのは非常に難しいのですが、しいて言えば

・自分の中に戻す

・優しく包み込む

・見えるところにそっと置いておく

というような感じです。

「大好き大好き!ぎゅー♡」というイメージではなく、そっとあいさつのハグをするような

手放すというと所有権を放棄するようなイメージがありますが、抱きしめると「自分のもの」という印象になります。

そして、所有者がはっきりするとわざわざ握りしめなくていいんですよね。

いつも持っておかなくても誰にも盗られないし、見たいときに見ればいいからです。

抱きしめてあげると良くも悪くも「どっちでもいいこと」になるんですよね。

「手放さなきゃ!」と必死になっていたときにはないリラックス感がうまれます。

こうすると、「手放せなくて苦しい」という状況から一歩抜け出せるのではないでしょうか。

 

ちなみに執着しなくなるための方法として「飽きるまで執着する」というものもありますが、この話はまたいずれ。

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