他人が絡むと自愛は途端に難しくなる

こんにちは、みのりんです。

昨日はひどく抽象的な話をしたので、今日は具体的な話をします。

一人じゃ生きられない

例えば、一人暮らしの人が「今日の夕食なににしよう?」と考えたとき、自分の本心をきちんと汲み取ってその通りに行動することはそんなに難しいことではないですよね。

「太るかも」とか「贅沢しすぎじゃない?」などという脳内の批判の声に打ち勝つことさえできれば、正解はもう決まっているわけです。

「食べたいものを食べる。しかし惰性やノリやストレス解消で無駄食いをしない」というのが正解です。

 

でも、私たちの生活ってそんなに単純じゃないですよね。

一人で決められることってすごく少なくて、たいていは他人が絡んできます。

そうすると正解なんてなくなってしまうんですよね。

私は家で料理か食器洗いのどちらかを担当することに決まっているのですが、料理も食器洗いもやりたくないときがあります。

ただのナマケモノですが、だってやりたくないんだもん。

私の本心は間違いなく「やりたくない」って言ってるもん。

……もん!では済まされませんよね、どう考えても。

折り合いとバランス

家事や仕事のように生活の質に直結する問題もあれば、「相手がイヤな思いをする」という人間関係の難しさをはらんだ問題もあります。

「ラインの返事をいつ返すか問題」とか、そういうことですね。

返すのはめんどくさい、でも数日経ってから返すほうがよけいタイミングを逃しそうだし、なにより相手が不快になりそう……みたいな。

 

こんなとき大切なのは、正解を出そうとしないことだと思っています。

だって正解なんてないですから。

自分にとっての正解は「無視する」かもしれないし、相手にとっての正解は「即返信する」かもしれません。

でも、「無視する」のなかには「非常識な人間だと思われる」というリスクも含まれていて、そのリスクは絶対にイヤだったりします。

もうややこしいややこしい。

だから、ややこしいときはそのややこしさだけパパっと解消してしまえばいいんですね。

「ややこしい!もう返信して終わりにしよう!」とかね。

「これは自愛的に正解か?」と考えることはとても意味がありますが、そこを突き詰める必要はありません。

 

嘘も方便という言葉がありますが、それと似ていますね。

人事の決定権を握っている上司のことが死ぬほど嫌いでも、お金のためにお世辞を言うほうが得だと思ったらそうすればいいんです。

たとえそれが本心と違っても。

それで「あぁまた自愛ができなかった」なんて凹む必要は全くありません。

自分の本心がわかっていればそれでいいのです。

あなたはただバランスを取っただけ、折り合いをつけただけなのですから。

むしろ「私賢い。世渡り上手」と褒めてあげてもいいくらいですね♡

赤ちゃんにはなりたくない

本心の通り、自分の望む通りに行動している究極のお手本は赤ちゃんです。

でも、じゃあ赤ちゃんになりたいかというとそれはちょっと違いますよね。

このブログを読んでくれている人は、ただ今の人生をちょっとだけ幸せにしたり抱えている生きづらさをちょっとだけマシにしたりしたいだけだと思うのです。

「赤ちゃんのように全ての面倒を見てもらえるようになりたい!」と思っている人はいないでしょう。

だとしたら、大人らしく生きていいんですよね。

ズルいことをしてもいいし、嘘をついてもいいです。

そうしないといけない場面もあるし、そうしたほうが得な場面もあります。

 

大事なのはそのバランスなんですよね。

外面ばかり気にしていたら自分の本心がわからなくなるし、自分の本心ばかり優先していたら不利益を被ります。

だから、完璧に自愛をすることを目的にするのではなく、その都度その都度「私はどうしたいのか?」「私はどうしたほうがいいと思うのか?」と自分に問いかけてきちんと考えることが大事ですね。

 

自愛はとっても頭を使います。

答えのないことをずっと考え続けなければならないので、いわばセルフ哲学みたいなものですよね。

考えることが苦手な人は大変かもしれませんが、続けていくうちにだんだんできるようになってきますし、相談していただければできるだけ回答するのでぜひ頑張ってみてください。

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