「私を理解してほしい」なら、「なんか」を掘り下げよう

こんにちは、みのりんです。

先日、知人と婚活アプリの話をしていました。

私は婚活アプリでそこそこ成果が出たので、婚活中だというその知人にオススメしたんですね。

すると、彼女がこう言うのです。

「アプリは、なんかヤダ。」

私は別にアプリ会社の回し者でもなんでもないので彼女がアプリをやろうがやるまいがどうでもいいのですが、なにがそんなにイヤなのか気になったので重ねて質問してみました。

私「なんか、って、なにがイヤなの?」

知人「なんか。顔写真を出すとか?」

うーん。

「顔写真を出すのがなんかイヤ」って、答えのようで答えじゃないですよね。

顔を出すことのなにがイヤなんでしょう?

ネットに顔写真が流出して悪用されるかもしれないという不安?

顔面偏差値だけで男性に値踏みをされることの不快感?

男性ウケする写真を撮らなきゃ……という億劫な気持ち?

どれか1つ?それとも全部?

……なんて、読者さんならガンガン質問攻めにしているところですが、そんなことは求められていないのでしませんでした。

 

でもね、単純に「もったいないなー」と思ったんですよね。

婚活アプリをやらないことが、じゃないですよ。

自分の価値観を知る絶好の機会なのにそれを無視してもったいないなーということです。

婚活アプリなんてやってもやらなくてもどっちでもいいのですが、「私はなぜ婚活アプリをやりたくないのか」を自分で知ることはとっても意義のあることだと思うんです。

 

人は誰しも、「私のことを理解してほしい」という欲求を持っているじゃないですか。

だったら、まずは自分で自分のことを理解しておかないと、他人に理解してもらうことなんかできないはずなんですよね。

例えば「あなたはピンクが好き?それともブルーが好き?」という質問に「わからない」と答える人がいたとしたら、その人のなにをどう理解すればいいというのでしょう。

せいぜい「よくわからない人」という理解しかできません。

それと同じで、自分のことはどんなに些細でくだらないことでも全力で知ろうとしなければいけないと私は思います。

 

例えば、私はカレーが苦手なんですよ。

もちろん出されれば文句を言わずに食べますが、家庭のカレーは一生食べなくても全然平気で生きていけます。

一番ダメなのは「カレー味」のものです。

カレー鍋、カレー炒め、カレーせんべい……これらが出てくると食べることを拒否するか、拒否できない場合は味を感じないように丸飲みします。

でも、お店で食べるインドカレーやタイカレーは好きです。

なんの話でしょう?笑

まぁ、自分を知るというのは終わりがないですよってことですね。

もちろん、自分のこだわりを全部他人に押しつけろという意味ではないですよ。

私だってカレーが嫌いということはごくごく親しい一部の人にしか言っていません。

言うことで生じる「めんどくさいやつと思われるデメリット」のほうが大きいと判断しているからです。

でも、自分がなにが好きでなにが嫌いかをきちんと知っていないと、言うか言わないかの判断すらできないですよね。

 

というわけで、「なんかヤダ」などと言っていないでもっと自分の価値観を掘り下げてほしいなーと思いました。

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