幸せなときの自愛のやり方

こんにちは、みのりんです。

今日はたまーに質問が来る、

「幸せなときの自愛はどうすればいいですか?」

という問題について考えていきます!

自愛は欠点に向き合うメソッド?

よく勘違いされるのですが、自愛を「欠点に向き合うメソッド」と思っている人がいます。

これは私の伝え方にも問題があるのでしょうけど、自分の欠点やネガティブな感情から目を逸らしたいのが人間というものなのでついついそちらばかりに焦点を当てて説明してしまうんですよね。

でも、自愛は全ての感情や思考を認めるメソッドなので、長所やポジティブな感情もどんどん認めていけばいいですし、むしろ認める必要があります。

実はたくさんかかっているブレーキ

ネガティブな感情を認めるのはつらいので抵抗感があります。

その点、ポジティブな感情(うれしい・楽しい・幸せ)は気持ちいいですから、認めるのはさぞ簡単だろうと思われがちです。

でも、そんなに単純な話ではありません。

私たちはなぜか、ポジティブな感情をできるだけ薄めようとしてしまうのです!

「調子に乗っちゃいけない」

「手放しで喜んではいけない」

「こんなに幸せだなんて罰が当たりそう」

と思ったりしたことのある方も多いのではないでしょうか?

どうせつらいことばかりの人生なのだからたまに幸せなことがあったときくらいは全力で喜べばいいのに(失礼)、いろんなブレーキをかけて幸せを薄めようとしてしまうんですね。

それは原始的な防衛本能

これは私の勝手な想像ですが、狩猟採集時代は確かに幸せに浸っていてはいけなかったのだと思います。

だって、

「超大物のマンモス狩れた~♡マンモスうれぴ~♡」

なんて草原のど真ん中でバカみたいに踊ってたら別の動物に襲われて死ぬかもしれないじゃないですか?

だから、うれしいことがあっても気を引き締めていなければならなかったのだと想像します。

でも、今はもうそういう時代は終わりました。

調子に乗っていようが乗っていまいがつらいことは起こるし、つらいことが起きたからといって命まで奪われることはほとんどありません。

むしろ、ポジティブな感情を存分に感じないまま人生を送ることのほうがよっぽどつらいことではないでしょうか。

私たちは「一定」でありたがる

ネガティブな感情はできるだけ感じたくない。

ポジティブな感情はなぜか薄めてしまう。

こんなふうに、私たちは大きな変化を嫌います。

なんの浮き沈みもない一定のところで漂っているのが一番幸せだと思っているのかもしれませんね。

まぁ、そうやってずーっと安定していたらそれはそれで「暇。」とか文句を言うんでしょうけど笑

これはもう好みです。

感情をできるだけ感じたくない人はそういう人生を選んでもいいと思います。

でも、そうやって傷つかないように傷つかないようにと心の殻を固くしていった人が「感情がわからない。まるでお人形さんみたいになにも感じない」と相談してきたこともありました。

 

私個人としては、たった一度の人生なのだからポジティブな感情もネガティブな感情も最大限味わって死にたいと思います。

……はい、ナチュラルに嘘をつきました。

本当はネガティブな感情など感じたくありません。

ポジティブな感情だけ味わって死にたいです。

でも、そんなことができると信じるほど愚かではないので、もしネガティブな感情が出てきたらしっかり認めてあげようと思います。

もちろんポジティブな感情も、ね。

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