思っちゃダメなことなんてない!

こんにちは、みのりんです。

このブログを始めてからはずっと頑張って小見出しをつけていたのですが、それを考えるのがわずらわしくなってきたのでやめようと思います。

こうやってやめたくないことをやめるのも自愛ですよ。(ただの言い訳ともいう)

 

さて。

みなさんは普段、脳内でどんなことを考えていますか?

私はロクでもないことをたくさん考えています。

自分がひどい目に遭わされたときなど、平気で「死ね」と思います。

こんなことを言ったり書いたりすると、まるでおとり捜査の捜査員のように潜んでいた人が

「はいそんなこと考えちゃダメですー!『死ね』なんて人として最低ですー!」

などと取り締まってくることがあります。

内心、「はぁ?」です。

もちろん「死ね」という言葉がいい言葉とは思いませんよ。

でも、思っちゃったんだから仕方ないじゃないですか?

誰かに向けて言ったら、そりゃあダメですよ。

言われたほうが傷つきますからね。

だけど、「『死ね』と思ったんだー」という感想を述べただけで取り締まられる意味がわかりません。

物事の善悪がわからない子どもでもあるまいし、それが良い言葉が悪い言葉か、言って良い言葉か言ってはいけない言葉かなんてわかってますよ。

わかった上で、言わないんです。

でも、わかった上で、思ってしまうんです。自然に。

 

「『死ね』なんて冗談でも思っちゃいけないよ」

なんて綺麗事を言う人に、私は聞いてみたいです。

「じゃあ、どこまでなら思っていいの?」と。

『タンスの角に小指ぶつけろ』はOKですか?

え?ケガをする系はNG?

じゃあ『デート中ずっとスカートがめくれてパンツにはさまったまま気付かず過ごせ』はどうでしょう?

肉体的には傷つかないけど精神的にとても傷つくからダメ?

それなら『ホテルのチェックインのときに備え付けてあるボールペンのインクが自分のときだけ出にくくなる呪いにかかれ』ならOKですか?

たいしたダメージではないでしょう?

 

はいはい、わかってますよ。

「そうやって他人の不幸を願うことそのものがダメなんだ」でしょう?

他人の不幸を願うのではなく、ただただ、

「私は悲しかった」

「私はつらかった」

「私は不快だった」

という「私の気持ち」だけを認めればいいというんでしょう?

そういうのを綺麗事だと言っているんです。

そうやって自分の脳内に浮かんでくることに優劣をつけて選別しているから、笑っているのに目だけは笑っていないような不気味な表情をした人間が量産されるのだと思うんですよね。

 

この際だからハッキリさせましょう。

私は私の責任において断言します。

脳内ではなにを思ってもいいです。

「死ね」と思ってもいいし、誰かを傷つける妄想をしてもいしい、他人が痛い目にあってヒーヒー泣いているところを想像して溜飲を下げても構いません。

だってそれが自然なことだからです。

もちろん無理にそういうことを思い浮かべる必要はないですが、無理に差し止める必要もありません。

浮かんできたら垂れ流す、それが自愛です。

(他人に向けて垂れ流すのではなく、脳内やノート上で垂れ流します=認める)

 

「死ね」系の記事を書くと「人の命はかけがえのないものだから~」などと求めてもいない説教をしてくる人がいますが、聞く気はないので本当にやめてくださいね。

私だって人の命はかけがえのないものだということくらい知っています。

元教師ですから、生徒に「『死ね』と言ってはいけません」と指導していましたし、その考えは今も変わりません。

安易に「死ね」と口に出してその人が本当に死んだりしたら自分のせいみたいで後味が悪くて仕方ないので口には出しません。

ツイッターにも書きません。

だけど、脳内で思うことはあります。

「思おう」とするのではなく勝手に浮かんでくるのですから止められないし、止める気もないだけです。

これを読んでいる方の脳内がさらに自由なものになるよう、私の薄汚い脳内を公開してみました。

最後にもう一度だけ言いますが、

脳内ではなにを思ってもいいんですよ!!!

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