【実録】自愛マスターみのりん、創価学会員に絡まれる(前編)

こんにちは、みのりんです。

今回の記事はいつもとテイストが違うのですが、どうしても書き残しておきたいことなので、前中後編の3記事にわけて綴っていきます。

結論から申し上げると……自愛マスターみのりん、創価学会員に絡まれてしまいました(白目)

 

本題に入る前に、あらぬ誤解を招かないよう注意書きをしておきましょう。

私は創価学会及び創価学会員そのものを否定しているわけではありません。

というか、肯定する材料も否定する材料も持っていないので何も述べられないというのが本当のところです。

信仰の自由は憲法で定められていますから、どうぞご自由に。

しかし、強引に自分の考えを押しつけて他人を不快にする系の創価学会員は本当に滅びればいいと思っています。

このタイプの学会員と知り合ってしまったことで、私は多大なダメージを受けました。

 

今回の主役は、学会員のKさん。

大学生のお子さんを持つ中年女性です。

彼女とは某SNSで知り合い、年齢の垣根を越えてまるで同世代の友達かのように交流する仲に発展しました。

彼女はブログを読んでくれたり電子書籍(『いちばんわかりやすい自愛マニュアル』)を購入してくれたりと、私のことをたくさん応援してくれていました。

地方在住の私と東京在住の彼女はなかなか実際に会う機会がなかったのですが、私がとある用事で上京することになったので、その予定と抱き合わせる形で初対面が実現したわけです。

私は彼女のブログを読み込んで嗜好をチェックし、いそいそと田舎ならではの素朴なお土産を買い集めました。

「喜んでくれるといいな」

「おいしいって思ってくれるかな」

と淡い期待を持って新幹線に乗り込んだ私が、数時間後に起きる地獄のような時間をどうして想像できたでしょうか。

 

昼過ぎ、用事を済ませた私はKさんと合流しました。

予約してくれていたランチのお店に移動し、かわいくておいしいランチを楽しみます。

彼女はお土産を用意してくれていました。

地元で有名な和菓子、チョコレート、雑誌。

私「……雑誌?」

K「うん。まぁ読んでみて」

一見、主婦が読む普通の雑誌のように見えました。

おかずのレシピなどが載っています。

私はわりと料理が好きなほうなので、帰りの新幹線で暇潰しに読めるようにとの心遣いだと受け取りました。

私の想像の範疇を超えたお土産でしたが、Kさんは少し無邪気なところがある人なのです。

それが彼女の良さでもありました。

 

私の恋愛のことや彼女のご主人との馴れ初めなど、女同士のトークに花が咲きます。

彼女の顔は写真を見て知っていましたが、本物のほうが華奢でイキイキしていてキレイでした。

同年代の友達しかいない私にとって、敬語を使わなくて良い年上の友達の存在は非常にめずらしく、うれしいものでした。

かわいいデザートを食べ、お店が混んできたところで場所を変えることになりました。

そう、事件の舞台へと。

 

デパートの中のおしゃれな喫茶店へと場所を移し、さらに楽しいおしゃべりは続きます。

田舎者の私は「東京の喫茶店でおしゃれなカップで紅茶を飲んでる!充実!でも、私浮いてないかな?田舎者オーラ出てないかな?」などと舞い上がっていました。

するとKさんがおもむろに口を開きます。

K「みのりんはさ、本に『起きる出来事に意味なんてない』って書いてあったけど、それってどういうことか詳しく聞きたいな」

「起きる出来事に意味なんてない」とは、私が自愛を広めるなかで一貫して主張している事柄です。

つまり、私は良い出来事も悪い出来事も、ただ「起きた」だけであると考えていて、それを「引き寄せた」「自分で選んで生まれてきた」などと解釈することには反対なのです。

私はそのことをありのまま伝えました。

私「そのままの意味だよ。例えば、虐待された子や自然災害で亡くなった人たちがその出来事を引き寄せたとか、生まれる前に自分で設定してきたとか、そういうことを言うのは無理があると思ってるんだよね。『神様は乗り越えられない試練は与えない』なんて言っているのは、そこそこ幸せな部外者なのだと思う。だって実際に亡くなったり大事な人を失ったりしてるわけでしょ。それを、その人たちが招いたことかのように言うのはおかしいと思う。」

このブログの読者さんには断るまでもないことですが、自愛はあくまで対症療法に過ぎません。

自愛は人生の指針でもなければ心を楽にする教えでもなく、ただ現実を少しだけ良くするためのメソッドに過ぎないのです。

もう起きてしまったことに抗ったり、これから起きるかもしれないことに怯えたりするのではなく、今置かれたところで最大限できること(=感情を認めること、本心に従って行動すること)を粛々と行っていくのが「自愛」です。

しかし、私のこの主張が彼女のスイッチを押してしまいました。

いえ、起爆装置はとっくの昔にオンになっていたのでしょう。

私がブログを書いたときから。

私が本を出したときから。

彼女は私に反論する機会を、数ヶ月単位で虎視眈々と狙っていたのでしょう。

そしてついに、地獄の門が開きます。

K「みのりん。乗り越えられない困難なんてないんだよ。『創価学会』って知ってる?」

 

※中編へ続く

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