「好き」と「執着」の違い

こんにちは、みのりんです。

LINE@でたまに見かけるこんな言葉。

これって本当に好きなのでしょうか?それとも執着してるだけ?

なるほど。確かに気になりますよね。

私はすぐに「定義は?」とか言いたくなってしまうタイプなので、「これは好きだけどこれは執着ですよ」みたいなわかりやすい基準があればぜひとも知りたいところです。

 

たまに聞くのは、

好き=相手の幸せを願える

執着=自分の幸せのために相手が必要

という定義ですね。

なんだか非常にそれっぽいですが……

こんなにスパっと切り分けられるのなら、そもそも誰も悩んでいないと思いませんか?笑

考えてもみてください。

大好きで大好きで仕方がない彼が、「他に好きな人ができたから別れてほしい」と言ってきたとします。

そのとき、即座に「わかった!幸せになってね!」と言えますか?

仮に言えたとしても、それは一点の曇りもない本心ですか?

もしそうだとしたら、私は「おいおい、本当に好きなのか?」と逆に疑問に思ってしまいます。

ゆっくり時間をかけて自然に彼の幸せを願えるようになるというなら話はわかりますが、最初からその気持ちを貫けることが「好き」なのだとしたら、私はそんな「好き」は気持ち悪くて仕方ないのでいりません。

 

でね。

これはあくまでどこかで見かけた定義の一つを例として挙げたまでのことで、私はここで定義を固めたいのではありません。

むしろその逆で、好きか執着かわからないものをわからないままにしておいてほしいということが言いたいのです。

実は「わからないままにしておく」というのは私の超苦手分野で、未だに手を焼いています。

わからないって、とにかく気持ち悪いじゃないですか。

「なんだかよくわからないけど悪い病気ではない」と言われるのと、「ガン」と言われるのとでは、前者のほうが圧倒的に安心できるにもかかわらずどうにも腑に落ちなくて気持ち悪いような、そんな感覚です。

人はなにも打つ手がないときがいちばん不安になるのかもしれません。

つまり、「好き」と断定できればそのまま突撃すればいいですし、「執着」と断定できればすぐに別れればいいわけです。

でも、どちらかわからなくて身動きが取れないから苦しいんですよね。

で、苦しいから答えを決めたいんですよね。

でも決まらないから苦しいんですよね。

その終わりなきループです。

ひどい場合は、「この気持ちは『好き』ですか?それとも『執着』ですか?」などと怪しい占い師やインチキ自愛マスターのみのりんに尋ねたりして依存するのですね。怖い。

 

好きでも執着でもどっちでもいいんですよ。

どっちでもいいというか、どちらでもあるんです。

好き74%

執着26%

とおおまかにパーセンテージで表現してみるといいかもしれませんが、要するに両方の要素が絡み合っているわけですね。

だから決められるはずがないし、もしどちらか一方の要素しか持っていないのであれば最初から悩むことはないのです。

大切なのは、このパーセンテージをつぶさに観察してあげることですね。

日によって、体調によって、相手の行動によって、いろいろ変動すると思うんです。

「今日は『好き』って感じだなー」

「今日は『執着』が強いなー」

とかね。

そうするとだんだん自分の気持ちが見えてくるようになって、おのずと取るべき行動もわかってくるのだと思います。

自愛を続けていくと、自分の気持ちに嘘がつけなくなるんですよね。

そのレベルまで来れば、逆に「好きとか執着とかどっちでもいいわ~」という気楽な気持ちになれたりします。

なれなかったりもしますが笑

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