自愛のように見える自己否定

こんにちは、みのりんです。

こういう内容をLINE@で送ってくる人がとっても多いです。

「私は他人からの愛を欲しがっているからダメなんですよね」

これって、一見自愛ができているように見えますよね。

なんだか分析的で、自分に向き合っている感じがします。

でも、私はこれは自己否定だと思うんです。

もちろん微妙なニュアンスもあるのでケースバイケースですが、あくまで一つの例として取り上げてみます。

 

他人の愛ばかりを欲しがるのは確かにあまり良いこととは言えませんよね。

「クレクレ星人」などと揶揄されるようにそれはみっともない振る舞いですし、なにより他人の愛は求めて得られるものではないので本人がいちばん苦しいのです。

しかし、自愛において大事なのはそれが正しいか正しくないかというジャッジではなくて、自分がどう感じるかというその一点のみです。

で、実際あなたの本心はどうなのでしょう?

「他人の愛が(願わくば大好きなあの男性の熱烈な愛が)欲しい」

これが紛れもない本心ではないでしょうか。

それをすっ飛ばして「他人の愛を求めてはいけません」なんて綺麗事を言ったってダメですよ。

 

ここは非常に誤解しやすいポイントなのでよーーーく読んでください。

いいですか?

「他人の愛を欲しがること」は自然なことです。

でも、それを求めていては苦しいし自分のためにもならないので、「欲しがるのはできるだけやめよう」というのが通常の流れですね。

ここがどうしてもなかなか伝わらないので、ぜひ伝えたいのですよ……!

「欲しがるのはダメ」は、「欲しがっている自分」を否定しているので自己否定です。

「欲しがるのはやめよう」は、「欲しがっている自分」を肯定しつつ自分で行動を選んでいるので自愛です。

伝われー!

 

あ、私は微妙な言葉のニュアンスをあげつらっているのではないですよ。

例えば、「私は他人の愛を欲しがっているからダメなんですねっ☆(テヘペロ)」というようなニュアンスであればこれは軽い自虐を伴った自愛でしょう。

私は送られてくるラインを全て読んでいて、前後の流れや思考パターンもある程度わかっているのでその上で判断しているのです。

うわべだけ言葉を整えて、「ほしがるのをやめよう」という言い方に変えても根本的な考え方が変わっていなければ意味がないですからね。

ブログという媒体の性質上言葉でしかニュアンスを伝えられないのでどうしても細かい表現の話になってしまいますが、大事なのは「あり方」です。

自分が自分を否定しているのか、それともきちんと認めた上で改善したいと望んでいるのか、それを誰よりもわかっているのはあなただと思います。

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