なんでもできるようになる最強の動機

こんにちは、みのりんです。

釣りみたいなタイトルをつけてみました!笑

なんでもできるようになる最強の動機……

知りたいですよね?

そんなものがあるならこの怠け者な私も変われるかも!

……という明るい話ならよかったのですが、残念なことに暗い話です(白目)。

 

なんでもできるようになる最強の動機。

その答えは、

「みじめな自分に向き合いたくない」

です。

人は、みじめな自分に向き合わないで済むならどんなことでもやります。

ほんとですよ。

みじめな自分に向き合わないで済むなら、

他人に暴言を吐いたり、

大好きな人との縁を切ったり、

大金をドブに捨てたり、

健康なのにあえて病気になったり、

人を殺したり、

自殺したり、

なんでもやります。

普通に考えたらみじめな自分に向き合うことより死ぬことのほうがよっぽど怖いのですが、そこは理屈ではないんですよね。

タイトルには「最強」とつけましたが、正しくは「最凶」です。

みじめな自分に向き合うことから逃げていたら、数え切れないほどの大切なものを失うんですよ。

そして本人にはみじめな自分から逃げているという自覚はないので、問題はより複雑です。

 

でね。

自愛では再三に渡って

「みじめな自分に向き合いましょう」

とお伝えしています。

これってよく考えたら「死ね」以上に残酷な指示かもしれないですよね。

でも、私は自分がそれをやってきたから自信を持ってお伝えしているんです。

私もみじめな自分に向き合うのは死ぬほど怖かったですよ。

 

私って、小さい頃から器用な子どもだったんですよね。

運動はからっきしダメでしたけど、それ以外のことはたいてい人並み以上にできました。

自慢みたいだと思いますか?笑

でも本当にそうだったんです。

授業を聞いているだけで進学校に入れたし、ピアノもエレクトーンもトランペットも演奏できたし、バレエだって踊れました。

しかも読書家でリーダーシップまで発揮できました。

だから私は絶対に人並み以上の人生を送れると信じて疑わなかったんですよね。

 

しかし、20代半ばになった私は「結婚したくてたまらないのにできない」という点において人並み以下になってしまったのです。

当時の私は独身=負け組だと思っていたのですが、自分が負け組になりかけているのは良質な出会いがないからだと判断し、25歳のとき数十万円をかけて結婚相談所に入りました。

25歳の若さで結婚相談所に入れば、さぞかし条件の良い人と結婚できるだろうと思いますよね?

しかし、申し込みがあったのはたったの2人で、そのうち1人はプロフィールに「一緒にゴルフをしてくれる人希望」と書いてあったので「どうして私に申し込んだんだ?」と意味不明だったので断り、もう1人は2回会いましたが壊滅的に会話が噛み合わない人だったので断りました。

結婚相談所主催のパーティーにも参加しましたが、焼肉店を経営しているという男性に妙に気に入られてしまい、「牛を解体して皿に並べるだけで儲かる仕事だよ?楽だよ?嫁に来ない?」とニヤニヤしながらアプローチされて散々な目に遭いました。

そしてアドバイザー(相談所の社員)のおじさんからは「どうしてもっと積極的にいかないんだ」と長文メールで叱責され、半泣きで退会しました。

それが私の結婚相談所ストーリーの全てです。

そしてこのときも私はまだ「結婚できないみじめな私」を認められなかったんです。

(独身=みじめ、という意味ではないですよ。当時の私がそう解釈していたというだけです。いちいちこういうことを書かないと「みのりんは独身の私のことをみじめな女だと思っているかもしれませんが」などと嫌味のラインが来るので大変です!怒)

 

みじめな自分を認められなかった私がどういう行動に出たかというと、先に結婚した人たちの不幸を願い始めたんですね。

ネットで「離婚する 夫婦 特徴」などと調べて、少しでも当てはまっていれば「やーい。こいつら数年後には離婚してるわ」喜んでいました。

こんなこと、楽しいわけないんですよ。

他人が離婚したからといって相対的に私が幸せになれるわけではないのですから、ただの時間の無駄です。

それなのにどうしてもやめられなかったのは、みじめな私に向き合いたくなかったからですね。

結婚できた人:今は幸せそうに見えるけど将来は不幸になる人

私:今は不幸に見えるけどそのうち幸せになれる人

という図式をどうしても死守したかったんです。

「みんな幸せ」じゃダメなんですよ。

私が常に優位でないと。

 

そんな気持ちを抱えて自愛に出会い、私はみじめな自分に向き合うことを決めました。

・結婚したくてもできない私

・25歳だったのに結婚相談所でも結婚できなかった私

・結婚どころか彼氏すらいない私

・他人の不幸を願うことが楽しみだった私

・自分がいちばん幸せでないと許せなかった私

・他人を自分より下と認定して蔑んでいた私

このようなかっこ悪くてみじめな私をずーーーっと認めていったんですね。

私はこのとき、「私ってこの世に存在してはいけないくらいのクズ人間なんじゃ???」と思いました。

自分は優れた人間だと思っていたのに、実は優れているどころか最低最悪の人間だったのですから。

でも、不思議とすがすがしさがありました。

「もう、クズ人間として生きていいんだ」と思いました。

そもそもクズ人間なのだから、なにをしたってその価値は下がらないんですよね。

そう考えるととてつもない自由を感じました。

 

こういうことを書くと

「私はクズ人間だと認めたら犯罪者になってしまいそうです」

とかいう不思議な心配をされる方がたまにいらっしゃいますが、犯罪者ってクズ人間だから罪を犯すのではなくて、「自分はクズではない」と信じたいから罪を犯すのだと私は思います。

「こんなに価値のある自分を認めてくれない周りがおかしい!」と考えるから、自暴自棄になったり周りに仕返しをしたり暴力行為に走ったりするのだと思うんですよね。

犯罪なんてやりたくてやっている人はいないと思います。

(シリアルキラーは別かもしれませんが)

私も「私はクズ人間だ」と認めたとたん、他人の不幸を願う癖はぱたりと止みましたからね。

「やめなきゃやめなきゃ」と思っているうちはやめられませんでしたが、「どうせ私はクズ人間だしな~」と思うようになったら「結婚できていいな~私もしたいな~」とニュートラルに考えられるようになりました。

 

話が長くなりましたが、要するにみじめな自分にさえ向き合うことができたら最強だということなんですよ。

みじめな自分にさえ向き合うことができたら、そこから目をそらすためにやっていた全てのことをやらなくて済むんですよ。

親を恨まなくていいし、

周りの幸せを妬まなくていいし、

不幸アピールをしなくていいし、

病気のフリをしなくていいし、

愛されていない男性に股を開かなくていいし、

スピリチュアルセミナーに通わなくてもいいんです。

だから私は自愛をオススメしています。

みじめな自分に向き合う覚悟ができたなら、いつでもお力になりますよ。

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