感情を認める=グチグチ言い続ける?

こんにちは、みのりんです。

私はいつも「感情を認めましょう」と言っていますよね。

怒ってもいいし、泣いてもいいし、ムカついてもいいし、人を妬んでもいいし、「クソ野郎」とか思ってもいい。

そう言っています。

それはその通り。

でもね。

それは「ずっとその感情に浸っていなさい」という意味ではないんですよ~。

このへんの微妙なニュアンスが難しいのですが、たとえば私がブログで

「先に結婚した友達のことを『くそっ、なんであのブスが……!』と思ってもいいよ」(思うだけです。相手に直接言ったら100%嫌われます)

なんてことを書くと、「友達をけなす=自愛」みたいに捉えてしまって、ずーーーーーっと友達をけなし続ける人がいるのです。

もちろん、それが本当にやりたいことならいいんですよ。

今までそれをずっと我慢していて、

「他人の幸せは全力で祝わなければならない!」

「自分のことのように喜ばなければならない!」

と自分に課していて苦しかった人が、ようやく心を自由に解き放てたというなら、それはそれでいいのです。

でも、別に無理してけなす必要もないんですよ。

この違い、わかりますか?笑

 

「けなしちゃダメ!」というと、「けなす」という選択肢が存在しないことになりますよね。

でも、「けなしてもいいよ」は、「けなす」という選択肢と「けなさない」という選択肢の両方が存在するんです。

だから、どっちでも選んでいいわけですよね。

「けなしなさい!それが自愛!」とは言っていないわけです。

 

感情の話をするからややこしくなるのであって、これをケーキに置き換えたら簡単なことなんですよ。

「ケーキ食べちゃダメ!」は「禁止」ですよね。

ケーキを食べるという選択肢は存在しないわけです。

でも、「ケーキ食べてもいいよ」は「食べてもいい」し「食べなくてもいい」んです。

どっちでも自由に選んでいいわけです。

それなのに、うっかりブログの解釈を間違ってしまった人は

「わかりました!食べます!パクパクムシャムシャ……ううっ……甘い……甘すぎる……クドい……苦しい……」

とか言いながら食べ続けてしまうんですね。

やめていいのに!今すぐ!笑

なんなら一口も食べなくたっていいんですよ。

「ケーキは食べたいけど太るのはイヤだから遠慮しまーす」

でもOKなのです。

これは結果的にケーキを食べていないので「ケーキを食べてはいけません」と一緒くたに考えられがちですが、自分で考えて選んでいるという点で大違いです。

 

話を戻しますが、友達をけなしてもけなさなくてもいいし、最初だけちょっとけなして途中で「くだらないからやーめよ」と思ってもいいし、気が済むまでけなしてもいいんですよ。

「○○の行動をしたから自愛マスター」なんてことはないわけです。

「行動を自分の意思で決めている人は自愛マスター」というだけのことです。

 

今回はたまたま友達をけなす話を例にしましたが、これはなんでも同じことですよ。

悪口を言ってもいいし、言わなくてもいいし。

親を憎んでもいいし、親を許してもいいし。

上司に忖度してもいいし、反撃してもいいし。

彼氏に奢ってもらってもいいし、自分で払ってもいいし。

なんでもいいんですよ。

自由。フリーダム。

 

でも、私たちって意外と自由が苦手ですよね?笑

もしドラえもんの秘密道具があって、なんでも念じた料理が出てくるテーブルクロス(名前ど忘れしました)が使えたとしたら、最初は楽しくてもきっとめんどくさくなると思うんです。

「あぁもう!なんでもいいからおいしそうなものテキトーに出してよ!」

となります、たぶん。

だからあんまり自由すぎるのも困りもので、「パスタ」「ドリア」「オムライス」の3種類のランチに限定されているくらいのほうが選びやすいんですよね~。

ストイックに自愛をやりたい人は本気で全部の行動を選べばいいと思いますが、私は「みのりん」という名のゆるキャラなのでどうでもいいことは本気で選びません笑

 

話がそれましたが、ネガティブな感情を持ち続けるのがつらいなら、サクっとポジティブに移行してしまってもいいですよ~というお話でした。


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