私が「虐待親は死刑にせよ!」と言わない理由

こんにちは、みのりんです。

今日のテーマは「虐待」ということでちょっとヘヴィーですが、できるだけライトな感じで書くつもりなので最後まで読んでいただけたらうれしいです。

 

Yahoo!ニュースなんかを見ていると虐待のニュースは毎日のように報道されていて、いわゆる「ヤフコメ民」という人がたくさんコメントしてるんですね。

「虐待する親は死ね!」

「自分が子どもにしたのと同じ方法で殺されろ!」

「拷問にかけろ!」

みたいなコメントがいつも優勢です。

でも、私はどうしても共感できないんですよね。

その理由は大きくわけると2つあって、

1.私も虐待しないとは言い切れないから

2.虐待親を罰してもなにも解決しないから

です。

 

まず1点目です。

私は元中学教師なんですけどね。

自分が担任しているクラスの生徒は本当に自分の命と引き替えにしても惜しくないくらいかわいかったのですが、それでもときどき死ぬほどムカつく瞬間が訪れるんですよ。

なかでもいちばんムカついたのは、校外学習でキャンプに行ったとき、夜中に男子生徒数名が宿舎を抜けだして遊んでいたときです。

私は引率でへとへとになっていて、普段からただでさえ不眠気味なので枕が変わって全く眠れず苦しんでいたところを「おたくのクラスの生徒、抜けだしてますけど?どういうことですか?」みたいな言い方で他の先生に叩き起こされて、もうイライラが一瞬でマックスになりました。

なんでおとなしくできないの?

なんで夜中に抜け出すの?

お前らなんなの?アホなの?

規律守れないんだったら今すぐ帰れよ!!!

みたいな気持ちになり、現場に走っていって男子生徒の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけました。

「てめぇらふざけんなよ!!!あぁ!?!?!?言い訳できるもんならしてみろや!えぇっ!?」

というような内容を、もっとキツい方言でまくしたてました。

まだ小学生に毛が生えた程度の男子生徒は泣いていました。

要するに体罰教師ですよ。

本当に生徒のことを思う素晴らしい先生なら、パフォーマンス的に怒りを表明しつつも、

「夜中に抜け出すのは規律違反だし、安全が確保できないという意味でも悪いことだ。先生たちにどれだけ迷惑と心配をかけたのかわかっているのか」

というようなことを理路整然と説教するでしょう。

これを「教育的指導」といいます笑

でも私はただの八つ当たりですから、「私に面倒かけんじゃねーよ!こっちは疲れてんだよ!!!」というただそれだけの理由で、目玉をひん剥きながら胸ぐらを掴んで壁に叩きつけて大声で怒鳴り散らしたわけです。

これって虐待親と同じ思考回路ですよね?

しつけでも指導でもなんでもなくて、ただ子どもが思い通りにならないから自分のイライラをぶつけているんです。

「怒ってはいけません。叱るのです」と大学で死ぬほど教わりましたし、「自分の生徒かわいすぎる♡らぶ♡体罰教師とか即刻解雇しろよ♡」といつも思っていたのに、それでもやってしまったんですよね。

だから私は虐待親死刑!とはとても言えません。

確かに私は生徒を殺していませんしケガもさせていませんが、虐待ってそこが問題じゃないですよね。

「精神的虐待」「心理的虐待」という言葉があるように、しつけや指導以外のことで子どもに怖い思いをさせたり大人の感情を押し付けたりしたらそれは虐待なんですよ。

だから私は虐待をしたということになり、逮捕されなかったのはただ程度が軽かっただけだということです。

 

別の話をしましょう。

私は虐待を容認しているわけではなくて、虐待自体は罪ですしゼロにするべきだと思っています。

でも、虐待する人の気持ちも少しはわかるし、自分は絶対虐待しないという自信もないので、「死刑!」とか言えないんですよね。

……というような話を母としていたら、母がブチ切れて、

「私は絶対虐待なんてしないと断言できる!こんなかわいい子に手をかけるなんて人間じゃなくて悪魔!」

みたいなことを言い始めました。

そこで私は意地悪な心がむくむくと顔を出してきたので、

「じゃあ一度も感情的になったことないんだ?しつけ以外で一度も子どもを叩いたことないんだ?」

と煽ったら、少し黙ったあとにこんなことを言い始めました。

「……まだこの家を建てたばかりのとき、Yちゃん(私弟)がリビングのフローリングの上でオシッコをして、思わずカっとなってお尻を叩いてしまったことがある……。新築の家が汚されるのが許せなくて……あのときはかわいそうなことをした……Yちゃんはギャンギャン泣いて、お尻が真っ赤に腫れて……あぁ、かわいそうなことをした……後悔してもしきれない……今度Yちゃん(現在アラサーのオッサン)に会ったら謝らなきゃ……」

しかも、目に涙を浮かべて。

私はなんてひどいことを思い出させてしまったのだろうと少し反省したのですが、「それくらいどうってことないのに」とも思いました。

私はそれを聞いても「ひどい母親だ」なんて思いませんし、弟はそのことを覚えてすらいませんし、仮に覚えていたって「リビングで小便するオレが悪いだろ」くらいの感想しか持たないと思います。

なにが言いたいかというとですね。

「虐待親は死刑!」と断言するのは気持ちいいことですが、虐待を厳密に定義すると、おそらく95%以上の親が死刑になるんですよね。

そうすると虐待親死刑派も半数以上が死刑になると思うので、そんなことなら子どもなど産まないほうが安全だということになり、少子化はますます加速して日本は滅亡するでしょう。

これ、別に屁理屈じゃないですからね!

「虐待に境目はない」というのは、マジで真面目に言っています。

「虐待していない」と「明らかに虐待」という極端な例はわかりやすいですよ?

でも、「虐待といえば虐待かもしれないが程度が軽い」という微妙なケースの線引きは不可能です。

だから、虐待親と普通の親は地続きだと思うのです。

 

そして2点目。

虐待親を罰してもなにも解決しないというのは、わざわざ言わなくてもわかると思います。

そういう発言をする人って厳罰が抑止力になると思っているのですが、厳罰はたいして抑止力にならないと思いますし、仮に抑止力になったところでその未来は本当に明るいですか?と問いたいですね。

先日子どもの体罰を禁止する法案が可決されましたが、あれは体罰を抑止するのが目的ではなくて、虐待親に

「あれは体罰ではなくしつけです」

という懲戒権を持ち出された言い逃れをされると警察が逮捕する法的根拠が薄くなってしまってややこしい話になるので、「体罰=罪」と明確に定義付けることで正しく裁けるようにするのが目的です。

 

「体罰すると逮捕されますよ~」

「へぇ、そうなんだ!じゃあたまに殴ってたけどやめるわ」

 

という効果なんて誰も期待していませんし、そもそもそんな親イヤでしょう?

虐待は子どもが傷つくからやってはいけないのであって、罰せられるのが怖いからやってはいけないのではないんですよ。

虐待を死刑にして虐待親をどんどん排除したところでおそらく虐待は減りませんし、たとえ減ったとしてもそれは「刑務所入りたくないから殴るのやめとこ」程度の認識しかない危険な親なので決して褒められることではないんですよね。

「虐待親は死刑!」という人たちって、本当は虐待をなくす気なんてないんだろうなーと思います。

「自分は虐待親などというクズ人間とは違って優れた人間だ」と思って優越感に浸りたいだけで、「虐待をなくすにはどうすればいいか?」なんて1ミリも考えていないのだと思います。

私だってたいした案は持っていませんし、影響力もミジンコくらいしかないのでほぼ無力ですが、それでも「ありのままの自分を認めて愛する」という方法を広めていることは虐待の防止につながっていると思っています。

「子育てを完璧にできなきゃダメ!」

「母親は子どもに命をかけなきゃダメ!」

「子どもを24時間365日愛さなきゃダメ!」

という無理難題をふっかけるのではなく、

「子育ては完璧じゃなくてもいいよ~」

「お母さんも自分を大事にしていいよ~」

「子どもなんか産まなきゃよかったと思ってもいいよ~」

と言い続けることで、ピンと張り詰めていた心の糸が少しでもほぐれて、子どもを叩く回数が減るかもしれません。

 

長々と虐待について語りましたが、子育てが大変な方はラインしてくださいね。

話くらいは聞きますよ。


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